福島地方裁判所 平成9年(行ウ)15号 判決 2000年1月25日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対して平成九年五月二八日付けでした株式会社クリーンテックの産業廃棄物処理施設設置事前協議書に係る公文書部分開示決定の内、「最終処分場に隣接する土地の所有者の同意書」の「個人の住所、氏名、印影」部分及び「事業者の対応報告書」を開示しないとした部分を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、原告が被告に対し、廃棄物の収集、運搬及び処理業等を営む会社が福島県福島保健所長に提出した産業廃棄物処理施設設置事前協議書一式の公開を請求したところ、被告がその内の一部の文書には福島県情報公開条例に定める非開示事由に該当する情報が記録されているとして部分開示決定をしたことから、原告が同決定の一部の取消しを求めた事案である。
二 福島県における情報公開に関する条例の内容
福島県においては、平成二年一〇月一六日福島県条例第四一号「福島県情報公開条例」(以下「本件条例」という。)が制定されており(平成六年一〇月一四日条例第七一号により一部改正)、その内容は、本件に関連する部分については、以下のとおりである。(甲一、乙一)
1 (目的)
この条例は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、公文書の開示及び情報提供の推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、もって開かれた県政を一層推進することを目的とする。
(一条)
2 (解釈及び運用)
実施機関は、県民の公文書の開示を求める権利が十分に尊重されるように条例を解釈し、及び運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。
(三条)
3 (請求権者)
次に掲げるものは、実施機関に対して公文書の開示を請求することができる。
(1) 県の区域内に住所を有する者
(2) 以下略 (五条)
4 (開示しないことができる公文書)
実施機関は、開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書を開示しないことができる。
(1) (法令秘情報)略
(2) 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
ア 法令等の規定により何人も閲覧することができる情報
イ 公表することを目的として実施機関が作成し、又は取得した情報
ウ 法令等の規定による許可、免許、届出等に際して実施機関が作成し、又は取得した情報であって、開示することが公益上必要であると認められるもの
(3) 法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示することにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他の正当な利益を害すると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
ア 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体又は健康を保護するために、開示することが必要であると認められる情報
イ 違法又は著しく不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある支障から人の財産又は生活を保護するために、開示することが必要であると認められる情報
ウ ア又はイに掲げる情報に準ずる情報であって、開示することが公益上必要であると認められるもの
(4) (犯罪捜査等情報)
(5) (国、地方公共団体等関係情報)
(6) (意思形成過程情報)略
(7) 県の機関が行う検査、監査、争訟、交渉、渉外、入札、試験、徴税、人事その他の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の実施の目的が損なわれ、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な実施に著しい支障が生ずるおそれのあるもの
(8) (合議制機関等関係情報)略 (六条)
三 本件訴訟に至る経緯及び本件訴訟の経過
当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実及び後掲かっこ内の客観的証拠によれば、以下のとおり認められる。
1 原告は、福島県内に住所を有する者で、本件条例五条一号により、公文書の開示を請求することができる。
被告は、福島県知事として、本件条例二条一項により、本件条例に基づき公文書の開示等を実施する機関である。
2 廃棄物の収集、運搬及び処理等を業とする株式会社クリーンテックは、福島市α地区に産業廃棄物の最終処分を行う施設(以下「本件処分場」という。)の設置を計画し、平成六年四月二一日、福島県産業廃棄物処理指導要綱(平成二年福島県告示第三三八号。以下「本件指導要綱」という。)一三条一項に基づき、福島県福島保健所長に対して、産業廃棄物処理施設設置事前協議書(以下「本件事前協議書」という。)を提出した。本件事前協議書には、本件指導要綱一三条二項に則り、添付書類として、別紙文書目録一記載2ないし40の文書が添付されていた。(甲二、乙二)
その後、株式会社クリーンテックは、平成八年一二月一一日、廃棄物の処理及び清掃に関する法律一五条一項に基づいて、被告に対し、産業廃棄物処理施設設置許可申請書(以下「本件許可申請書」という。)を提出した。本件許可申請書には、添付書類として、別紙文書目録二記載2ないし23の文書が添付されていた。(甲三、乙一五)
被告は、右提出を受けた各文書を管理している。
3 原告は被告に対し、平成九年五月七日、本件条例に基づき、「株式会社クリーンテックの最終処分場設置許可申請書一式及び許可証」の開示を請求した(甲四)。これに対し、被告は、平成九年五月二八日付けで、本件事前協議書の関係では別紙文書目録一の「開示しない部分」記載の部分が、本件許可申請書の関係では同目録二の「開示しない部分」記載の部分が、それぞれ本件条例六条二号、三号あるいは六号に該当することを理由に、これらの部分を開示しない旨の公文書部分開示決定(以下「本件処分」という。)をした(甲二、三)。
原告は、これを不服として、同年七月二五日、本件処分による非開示部分の開示を求めて本件訴えを提起した。
4 ところで、原告からの前記開示請求に先立ち、平成八年六月二四日、Aから被告に対して本件事前協議書に係る別紙文書目録一記載の文書について開示請求がなされており、被告は、これに対しても同年七月八日付けで部分開示の決定を行っていた。Aは同年九月六日付けで右部分開示決定に対して行政不服審査法に基づく異議申立てを行っていたところ、平成一一年四月八日付けで、別紙文書目録一の「開示しない部分」記載の部分の内、別紙文書目録三については開示する旨の決定を行った(乙一六)。
被告が右の異議申立てに対する決定によって開示した文書中には、原告が本件訴訟において強く開示を求めていた(平成九年一二月二二日付け原告作成「クリーンテック社の情報開示を求める陳述書」)、本件処分場の浸出水処理工程に関する情報が記載されている文書(文書目録一記載16(15)、18、26の文書)や本件要綱一四条に基づき設置された連絡調整会議の会議内容を記載した復命書(同40の文書)も含まれていた。
5 原告は、右の異議申立てに対する決定を受けて、平成一一年九月一四日の本件弁論準備手続期日において、請求を、前記第一請求欄記載のとおり、本件事前協議書に係る公文書部分開示決定の内、「最終処分場に隣接する土地の所有者の同意書」(以下「本件同意書」という。)の「個人の住所、氏名、印影」部分及び「事業者の対応報告書」(以下「本件対応報告書」という。)を非開示とした部分の取消しのみに減縮した。
四 争点
本件の争点は、本件同意書の「個人の住所、氏名、印影」部分及び本件対応報告書について非開示事由該当性が認められるか否かである。
この点についての当事者の主張は、以下のとおりである。
1 本件同意書の「個人の住所、氏名、印影」部分は、本件条例六条二号所定の非開示事由に該当するか。
(被告の主張)
(一) 本件条例六条二号は、個人の尊厳及び基本的人権尊重の立場から個人のプライバシーは最大限に保護する必要があるところ、個人のプライバシーが一度開示されると回復しがたい損害を与えることがあることや、個人のプライバシーの概念が法的に未成熟で類型化することが困難であることに配慮して、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るような情報を原則として非開示とした規定である。
本件同意書は、本件処分場に隣接する土地の所有者一八名が株式会社クリーンテックに対して、本件処分場を建設することに同意する旨の意思を表示したものであり、所有者らの住所、氏名、電話番号が記載され、印影が押捺されている。これらは、本件条例六条二号本文に定める、「個人に関する情報」であって、「特定の個人が識別されるもの」に該当する。
(二) 本件同意書の住所、氏名及び印影部分は、本件条例六条二号ただし書のいずれにも該当しない。
原告は、本件同意書が同号ただし書ウに該当する旨主張する。しかし、本件同意書は本件指導要綱に基づいて提出されたものであるところ、指導要綱は法的拘束力を有しておらず、本件条例六条二号ただし書ウにいう「法令等」、すなわち、法律、政令、省令、条例及びこれらの委任を受けた規則に該当しない。
また、本件同意書は、同意者が本件処分場の隣接地を所有しているという個人の財産上の情報であるばかりでなく、本件処分場の建設に同意したという個人の内心をも明らかにするものであり、プライバシーとして保護されるべき情報である。そして、本件同意書は、公表が予定されているものではなく、事業者は同意書を取得する際に目的外に同意書を公開しないことを前提に、これを取得していることが通常であり、同意者も公開されないことを想定して作成している。同意書の添付が処分場設置許可の要件にもなっていない。原告は、同意書が開示されることによって、偽造されたものであることが判明すると主張するが、地権者の住所、氏名、印影及び電話番号を除く部分は開示されているので、原告が危惧する隣接地所有者の同意が真実であったか否かの点は、同意書に表示された土地の所在、地番から不動産登記簿謄本と対照し、所有者本人に意思確認する等の手段によって容易に判明する。仮に本件同意書全体を開示しても、本人の意思に基づくものかどうかは当該地権者に確認しなければ明らかにならないという点では同様である。以上を総合すれば、本件同意書は、同号ただし書ウにいう「開示することが公益上必要であると認められるもの」には該当しない。
(原告の主張)
(一) 本件条例は、プライバシー保護のための非公開条項の規定の方法として、いわゆる個人識別型を採用している。しかし、個人識別型を採用している場合であっても、プライバシ―の保護を念頭に置いたものであることは変わりはないのであるから、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる情報に限って非開示とできる旨定めた規定と解すべきである。
隣接地所有者の同意書は、本件指導要綱が、廃棄物処理施設による生活環境の悪化を防止するという廃棄物の処理及び清掃に関する法律の目的に照らして事業者に提出を求めたものであり、処分場建設による生活環境への影響に利害関係を有する者の意思を付度するものとして、本件処分場の設置許否の判断における重要な資料である。隣接地所有者の同意書なくして事前協議の申請をすれば、同意書を添付するよう行政指導がなされるであろうし、申請自体が受理されないことも十分に予想される。仮に同意書公開の結果、同意書が偽造されたものであるといったことが判明すれば、これがきっかけとなって違法又は不当な処分場設置許可手続が是正される可能性が生じる。これに対して、開示によって明らかになる情報は、当該隣接地所有者の氏名と、その者が当該処分場の建設に同意したという情報であるところ、前者は既に開示されている情報を基に不動産登記簿謄本を対照することによって容易に判明するものであるし、後者は当該個人の内心に関わる情報としてプライバシーに当たるものの、処分場建設という周辺の環境に重大な影響を及ぼすおそれのある公的側面を強く有する事柄についてのものであり、純粋に私的な事柄に関するものではない。右のような開示されることによる意義の大きさに照らせば、当該隣接地所有者の受けるプライバシー侵害の程度は相対的に低いと評価できるのであり、本件同意書の住所、氏名及び印影部分は同号にいう「個人に関する情報」に該当しない。
(二) 仮に、本件同意書中の右部分が「個人に関する情報」に該当するとしても、本件同意書は、本件条例六条二号ただし書ウに該当する。
即ち、本件同意書は、指導要綱に基づいて提出されたものであるところ、実質的には指導要綱による行政指導が廃棄物処理法に基づく許可手続の実体をなしていること、指導要綱は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律や同法に基づく政令等を補完するものであって、これらと一体をなすものであることに照らせば、指導要綱は同条ただし書ウにいう「法令等」に該当するというべきである。その上で、本件同意書は、産業廃棄物処分場の設置という周辺環境に重大な影響を及ぼす事項に関するもので、本件処分場設置の許否の判断における重要な資料であるから、「開示することが公益上必要であると認められるもの」(同号ただし書ウ)に該当する。
2 本件対応報告書は、本件条例六条三号所定の非開示事由に該当するか。
(被告の主張)
(一) 本件条例六条三号は、法人等の正当な事業活動の自由を保障するために、事業活動に係る情報で、開示により、当該法人等の競争上の地位その他の正当な利益が害される情報が記録されている公文書を原則として非開示とした規定である。
本件対応報告書は、本件指導要綱上事前協議書の添付書類として提出が必要な下流域の水利権者、水路管理者及び地区代表者の同意書を取得するために、株式会社クリーンテックがこれらの者と行った協議や交渉の経緯及び結果が具体的かつ詳細に記載されているものである。同意書の写しの添付を補完するものではあるが、本件要綱上提出を義務付けられているものではない。このような協議や交渉は、当事者間で公開されないことを前提とした忌憚のない意見交換によって行われる双方の利害関係を調整する過程であって、事業者がその経緯、内容を記載した対応報告書は、いわば生のままの情報が記載されているものであり、一般に公開されないことを予定して作成され、提出されたものである。したがって、これを一般に公開すると、事業者と利害関係者との紛争が生じ、あるいは事業者と利害関係者との間の信頼協力関係を損なうなどの結果を招くおそれが大きい。また、本件対応報告書を提出した事業者と県との間にも不信を招くおそれが大きい。
(二) 本件対応報告書は、本件条例六条三号ただし書のいずれにも該当しない。
原告は、本件対応報告書が、同号ただし書アあるいはウに該当する旨主張する。しかし、同号ただし書アは、事業活動により現に発生しているか又は将来発生することが確実であるような生命、身体、健康上の危害から人の生命、身体、健康を保護するために開示することが必要であると認められる情報を予定するものである。株式会社クリーンテックは規制を遵守し適法な事業運営を予定しているのであって、単に、産業廃棄物処理施設を設置するということから人の生命、身体、健康上の危害が発生するおそれがあるものとすることは失当である。本件対応報告書に含まれる情報は、直接に人の生命、身体、健康に係るものではなく、ただし書アに該当しないし、右に準じる情報も記載されていないから、同号ただし書ウにも該当しない。
(原告の主張)
(一) 本件条例六条三号によって開示義務が免除される情報は、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他事業活動に有用なる技術上又は営業上の情報にして公然知られていないものに該当する情報であって、開示されると右の点で実質的な被害が客観的に生じる場合に限られる。したがって、ノウハウや営業秘密に該当しないような情報については開示義務が免除されることはない。
本件対応報告書には、周辺住民や関係市町村等が有していた問題意識や、株式会社クリーンテックがいかにして生活環境の保全に留意し、周辺住民や関係市町村等の理解を得たかといった重要な情報が記載されているのであり、同社と協議を行った諸団体は、産業廃棄物処理施設という社会的に大きな影響を有する問題の協議である以上、その内容が公表されることを前提としているはずである。これらによれば、本件対応報告書を開示して式会社クリーンテックに不利益は生じない。
(二) 仮に、本件条例六条三号に該当する情報であったとしても、記載されている情報は、環境汚染を発生させるおそれのある施設に関する情報であり、住民の生命、身体又は健康を保護するために、今後本件処分場に対する監視を行っていく上で貴重な資料であるから、同号ただし書ア又はウに該当する。
3 本件対応報告書は、本件条例六条七号所定の非開示事由に該当するか。
(被告の主張)
仮に、本件対応報告書が本件指導要綱に基づく提出書類であるとするならば、県の機関が本件指導要綱に基づき事前協議の手続の中で行政指導を行い事業者から対応報告書の提出を受けることは、本件条例六条七号にいう事務事業に該当し、これによって得られた本件対応報告書は、「事務事業に関する情報」に該当する。
本件対応報告書は、同社と関係者の間で一般に公表されないことを前提として行われた協議や説明会の内容が記されているものであり、同社の理解と協力により被告に提出されたものであるところ、これが開示されてしまうと、同社、協議や説明会に参加した関係者及び県の機関の相互の信頼関係が損なわれるばかりか、今後の本件指導要綱に基づく行政指導に支障が生じるおそれがあることは明らかであり、ひいては産業廃棄物行政の適正円滑な執行に支障を生じるおそれがある。
(原告の主張)
本件対応報告書には、株式会社クリーンテックや関係者の意見や協議内容が記載されているところ、これらの意見等は本件処分場の設置に関するものであり、私的事項に関するものではない。他方、本件処分場が周辺環境を汚染し、周辺住民の生活環境に重大な悪影響を及ぼすおそれがあるものである以上、手続を透明化し、同社と行政及び住民の間で現在及び将来の問題点を議論する必要があるし、本件対応報告書を住民の立場から二重にチェックすることによって、適切な産業廃棄物処理行政の執行や環境保全に資することになる。以上によれば、本件対応報告書の開示には公益上の必要性があり、開示によって、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の実施の目的が損なわれ、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な実施に著しい支障が生ずるおそれがあるということはできない。
第三判断
一 争点1について
1 本件同意書の趣旨及び記載内容について
乙二、六の一ないし一八及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
本件同意書は、本件指導要綱に基づき、株式会社クリーンテックが本件事前協議書の添付書類として福島県福島保健所長宛てに提出したものである。即ち、本件指導要綱一三条一項によれば、廃棄物の処理及び清掃に関する法律一五条一項に基づき産業廃棄物処理施設設置の許可を受けようとする者は、産業廃棄物処理施設設置事前協議書を所轄の保健所長へ提出し、協議するものとされており、事前協議書に添付を要する書類の一つとして「最終処分場に隣接する土地所有者の同意書の写し」が挙げられている(同条二項別表第4、2「処分業の用に供する最終処分場に係る添付書類」5(1))。
本件同意書は、本件処分場に隣接する土地の所有者一八名がそれぞれ作成した、株式会社クリーンテック宛て「同意書」と題する一八枚の文書であり、いずれも、廃棄物の処理及び清掃に関する法律を遵守すること、地域住民に対して自然環境、社会環境、生活環境に影響を与えないようにすること等を条件に、本件処分場を建設することに同意する旨ワープロで印字され、当該所有者の住所、氏名、電話番号が手書きで記入され、当該所有者の印影が押捺されている他、所有土地や本件処分場の建設予定地の所在及び産業廃棄物の種類等も記載されている。
本件同意書は、右の「住所、氏名、電話番号、印影」部分以外は全て開示されている。(なお、電話番号については、原告は開示を求めていない。)
2 本件条例六条二号本文該当性について
1で認定したとおり、本件同意書の内容は、本件処分場に隣接する土地の所有者らが、株式会社クリーンテックが廃棄物の処理及び清掃に関する法律を遵守すること等を条件に、本件処分場の建設に同意する旨の意思を表示したものであり、「住所、氏名、印影」部分が開示されると、特定の個人が右のような意思表示をしたということが明らかとなるのであるから、これらの情報が、本件条例六条二号本文にいう「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され」るものに該当することは明らかである。また、個人の印影は、それ自体として直接特定の個人を識別することができるものであり、個人の社会、経済活動に関する重要な情報であるから、本件条例六条二号本文に該当することは明らかである。
右の点に関し、原告は、県民の知る権利や参政権を保障するためには、本件条例に定める非開示事由は厳格に解釈しなければならないとして、本件条例六条二号は、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる情報だけを非開示とした趣旨である旨主張する。しかしながら、本件条例が、その三条で、実施機関に対し、県民の公文書の開示を求める権利を十分に尊重するよう求めながらも、「個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない」として、本件条例の解釈及び運用の基本的指針を示し、六条二号が、「個人に関する情報」であって、「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」は非開示とするのを原則としていることからすれば、同号は、実施機関に対して、特定の個人が識別され得るような情報が記録されている公文書については、当該情報の内容が、一般的に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められる情報であるか否かを個別に判断することなく、原則として非開示とするよう求め、個人に関する情報を最大限保護しようとした規定であると解されるから、原告の主張を採用することはできない。
3 本件条例六条二号ただし書該当性について
このように、本件同意書は、本件条例六条二号本文に該当する情報を記録していると認められるから、進んで、同号ただし書該当性について検討する。
(一) 本件条例六条二号ただし書ウは、「開示することが公益上必要であると認められるもの」については開示すべきものとしているので、この点について検討する。
本件同意書は、前記1のとおり、本件指導要綱上事前協議書の添付書類として提出が求められているものであるが、廃棄物の処理及び清掃に関する法律、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則、一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令、福島県廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行細則のいずれの法令上も提出を要求される書類ではなく、本件指導要綱上も許可申請書に添付すべき書類とはされていない。
福島県においては、本件指導要綱に基づいて、産業廃棄物処理施設設置の許可申請手続に先立ち、事業者に対し、処理場に隣接する土地の所有者の同意書を始め周辺居住者、下流域の水利権者、地区代表者等の同意書等を添付した事前協議書を提出させる行政指導を行い、事業者、県関係機関、市町村等で事前協議を行うという手続をとっている。このように、事前協議手続において、関係地域住民の同意書の提出を求める趣旨は、事業者が事前に関係地域住民の設置についての同意を取得すべく努力し、可能な限りその同意を得ることによって、事業者と関係地域住民との紛争を未然に防止して、手続を円滑に進め、事後の紛争もできるだけ少なくして、産業廃棄物の適正な処理施設の確保及び適正な処理の推進を図ることにあると解せられる。
本件同意書の趣旨は右に止まり、廃棄物の処理及び清掃に関する法律等の法令上提出を要求される書類ではなく、本件指導要綱上でも許可申請書の添付書類とはされておらず、廃棄物の処理及び清掃に関する法律一五条の二第一項の規定する産業廃棄物処理施設設置の許可の基準に適合しているかどうかを審査する上での直接の資料とされているものではない。
産業廃棄物処理施設は、周辺住民の生活環境や自然環境に影響するところが大きく、その設置や維持管理の計画、実施が安全を確保するに足りる技術上の基準を満たしていなかったり、周辺地域の生活環境の保全について適正な配慮を欠いていたりすると、周辺住民の生命、身体、健康に直接危険を及ぼすおそれがある施設であるから、設置の許可基準の適合性の審査資料となり得る情報等、安全確保、生活環境の保全に関わる情報については、十分な対策が講じられているか否かを検証する機会を確保し、ひいては当該許可処分手続の適正さを担保するために、広く情報開示を行うことが相当である。このような見地から、前記第二、三4のとおり、本件訴訟において原告が強く開示を求めていた、本件処分場の浸出水処理工程に関する情報が記載されている文書等が別件の行政不服審査手続において開示決定されたことは適切な措置というべきである。
しかしながら、本件同意書は、これと異なり、安全確保、生活環境の保全に関わる情報が記載されているものとはいえず、本件処分場隣接地の所有者である誰が建設に同意したかという情報が開示されたからといって、県民の生命、身体、健康、生活等を保護し、公共の安全を確保するなどの公益に資するとは認めがたい。
原告は、本件同意書の住所、氏名、印影部分が開示されることによって偽造されたものであることが判明する場合があると主張するが、本件同意書が偽造された可能性を窺わせる具体的な事情を何ら主張しないばかりか、仮に本件同意書が偽造されたものであるとしても、本件処分場の設置許可の取消理由とはならず、その許可の効力に直接影響を及ぼさないので、この点からも公益上の必要性を認めることができない。
以上のとおりであるから、本件同意書の「住所、氏名、印影」部分は、「開示することが公益上必要であると認められるもの」ということはできず、本件条例六条二号ただし書ウには該当しない。
(二) 本件同意書の「住所、氏名、印影」部分が、本件条例六条二号ただし書ア及びイに該当するとの原告の主張はないし、また該当しないことも明らかである。
二 争点2について
1 本件対応報告書の趣旨及び記載内容について
弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
本件対応報告書は、株式会社クリーンテックが本件事前協議書の添付書類として福島県福島保健所長に提出したものであり、次(一)ないし(七)の各書類が一体となって綴られ、表紙や目次も付けられてはいない。その内容は、以下のとおり、本件指導要綱上提出が求められている下流域の水利権者及び地区代表者等の同意書取得のために株式会社クリーンテックが行った協議や交渉の経緯及び結果を記載したものである。
下流域の水利権者及び地区代表者等の同意書については、本件指導要綱一三条二項別表第4、2「処分業の用に供する最終処分場に係る添付書類」5(5)(6)により、事前協議書の添付書類として提出を求められているが、対応報告書自体については、本件指導要綱上は提出を求める規定はない。
(一) 株式会社クリーンテックが福島保健所長に宛てた平成八年八月九日付け文書
右文書には、同社が、阿武隈川漁業協同組合等に調整を働きかけている状況が記載されている。同組合・さけ漁業協議会との対応経緯を記した書類の抜粋が添付されている。
(二) 株式会社クリーンテックが福島保健所長に宛てた平成七年九月八日付け文書
右文書には、同社が、同月六日に中野自治振興協議会会長と同会長宅において今後の見通しを協議した内容が記載されている。
(三) 株式会社クリーンテックが福島保健所長に宛てた平成七年三月三日付け文書
右文書には、同社が、水利組合、住民団体及び地域住民等と話合いを行っている状況が記載され、同年二月二五日に行われた小川下流域水利組合及び地域住民に対する中野産業廃棄物最終処分場事業計画説明会(第三回)の議事録が添付されている。
(四) 株式会社クリーンテックが福島保健所長に宛てた平成七年四月一〇日付け文書
右文書には、各水利組合長との話し合いを踏まえ、今後の手続を進める旨の同社の意向が記され、中野自治振興協議会会長及び平野自治振興協議会会長からの株式会社クリーンテック宛て同年三月二二日付け文書、中野産業廃棄物最終処分場小川下流域・水利組合長との協議議事録(抜粋)、阿武隈川漁業協同組合・摺上支部への中野産業廃棄物最終処分場事業計画説明会(第一回及び第二回)の議事録が添付されている。
(五) 平成八年七月一一日付けで福島保健所長が株式会社クリーンテックから収受した文書
右文書には、同社が平成二年一二月七日から平成八年七月一〇日までの間に行った阿武隈川漁業協同組合及び同組合摺上支部への対応経緯について、年月日、面会者及び対応の内容が記載され、さらに平成八年七月一〇日に行われた阿武隈川漁業協同組合長との面談内容が記載されている。
(六) 株式会社クリーンテックが福島保健所長に宛てた平成八年一月二五日付け文書
右文書には、同社が、中野地区自治振興協議会会長と面会した際の協議内容が記載され、同社が同協議会役員各位に宛てた文書、平野自治振興協議会会長が株式会社クリーンテックに宛てた文書、阿武隈川漁業協同組合摺上支部長他二名が株式会社クリーンテックに宛てた文書が添付されている。
(七) 株式会社クリーンテックが福島保健所長に宛てた平成八年一月二日付け文書
右文書には、中野地区自治振興協議会・中野堰水利組合及び井野目堰水利組合との協議内容を記した文書、福島市からの意見書に関する対応経緯と今後の見通しを記した平成六年六月付け文書、福島市各担当との対応経緯を記した文書(抜粋)、中野産業廃棄物最終処分場事業計画説明会(第一回及び第二回)議事録が添付されている。
2 本件条例六条三号本文該当性について
本件対応報告書は、株式会社クリーンテックにおいて、本件指導要綱上提出を要する下流域の水利権者及び地区代表者等の同意書を取得することができなかったため、これに代えて、その取得のために行った協議や交渉の経緯及び結果を報告書として福島県福島保健所長に提出したものである。
そこで、かかる本件対応報告書が、本件条例六条三号本文に該当するか否かを検討するに、このような同意取得交渉は、当該事業者と近隣の利害関係者とが、それぞれの立場や利害を踏まえて、互いに忌憚のない率直な意見交換を行い、利害関係を調整する過程であり、交渉当事者双方は交渉の具体的な経緯や内容が一般には公開されないことを予定して、発言し行動しているものと解される。ところが、本件対応報告書には、前記1のとおり、株式会社クリーンテックと水利権者の代表者や地区代表者らとの間の交渉の経緯、内容が具体的かつ詳細に記載され、当時やり取りされた文書自体も添付されている。また、本件対応報告書中には、小川下流域水利組合及び地域住民や阿武隈川漁業協同組合・摺上支部に対して行われた本件処分場の事業計画説、明会の議事録も含まれているが、右説明会は限定された範囲の関係者のみを対象とした会合であり、議事録には個々の発言内容が逐一記録されているところ、出席者が議事録を公開されることを了承していたとの事情は窺えない。株式会社クリーンテックが、今後本件処分場の操業を行っていく上で、水利権者である漁業協同組合や水利組合あるいは地元自治会等の協力は不可欠であるにもかかわらず、本件対応報告書を関係者の意思に反して公開した場合には、これまで交渉してきた関係者に不快、不信の感情を抱かせ、株式会社クリーンテックが交渉の過程で積み重ねてきた関係者や関係団体との信頼協力関係が損なわれ、これまで得られてきた理解や協力が得られなくなり、株式会社クリーンテックの今後の事業運営上不利益を与えるおそれが大きい。
したがって、本件対応報告書は、法人に関する情報であって、開示することにより、当該法人の正当な利益を害する情報を含むものとして、本件条例六条三号本文に該当すると解するのが相当である。
3 本件条例六条三号ただし書該当性について
(一) 同号ただし書アは、当該法人等の事業活動の自由よりも開示による公益保護を図るべき場合として、事業活動によって生じ、又は生ずるおそれがある危害から人の生命、身体又は健康を保護するために、開示が必要であると認められる情報については開示すべきものとする。
本件対応報告書は、本件指導要綱一三条二項別表第4、2「処分業の用に供する最終処分場に係る添付書類」5(5)(6)により提出を要求される下流域の水利権者や地区代表者等の同意書の写しに代替するものであるが、これらの同意書が廃棄物の処理及び清掃に関する法律一五条の二第一項の規定する産業廃棄物処理施設設置の許可の基準に適合しているかどうかを審査する上での直接の資料とされているものではないことは前記一3(一)で説示のとおりである。そして、本件対応報告書に記載されている内容は、前記1のとおり、下流域の水利権者や地区代表者等の同意書取得のために株式会社クリーンテックが行った協議や交渉の経緯及び結果を記載したものにすぎないのであって、開示することによって、右の事柄、特に、原告が問題としている(平成九年一二月二二日付けクリーンテック社の情報開示を求める陳述書二頁)同意を求める水利権者を阿武隈漁協・摺上支部とした経緯等について明らかになったとしても、人の生命、身体又は健康の保護を図るために有用となるとは認めがたい。
なるほど、協議や交渉の過程においては、株式会社クリーンテックから関係者に対して、本件処分場設置計画についての技術上の説明や事業者として周辺地域の生活環境の保全についてどのような配慮をしているかなどについても説明しているであろうことは推測でき、本件対応報告書の中にもかかる説明内容に触れた部分も存在することは考えられなくはないが、前記第二、三4のとおり、浸出水処理工程に関する情報を始め、人の生命、身体または健康の確保あるいは生活環境の保全に関わり、直接許可基準の審査資料となるような情報は全て開示されており、右開示された資料を超える特段の説明がなされたことを窺わせる事情は認められないので、本件対応報告書に右のような記載内容が含まれているとしても、人の生命、身体または健康を保護するために、あえて開示することが必要であると認められる情報とまではいうことができない。
したがって、同号ただし書アに該当しないし、また同アに準じる情報について定めた同ウにも該当しない。
(二) 本件対応報告書が、本件条例六条三号ただし書イ、同イに準じる情報について定めた同ウに該当するとの原告の主張はないし、また該当しないことも明らかである。
4 以上によれば、本件対応報告書は、本件条例六条三号本文に該当し、同号ただし書のいずれにも該当しないから、争点3について判断するまでもなく、これを開示しないとした本件処分は相当である。
三 以上の次第であって、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 生島弘康 裁判官 高橋光雄 裁判官 堀部亮一)